54歳の貝塚幼稚園を祝って(その2)

この写真は昭和47年当時の写真で、写っているのは約半数の子どもたちです。
園庭の砂場では、今と変わらず土木作業の現場と化しています。砂や水は子どもにとって遊びの財産です。単独でままごとや積み上げて山にするもよし。砂場に水路を掘り水の流れを作るもよし。
笑い話のようですが、夏になると急激に使用する水量が増え一日1トン以上使っていたために水道課から『漏水の疑いがあります』と検査に来たこともありました。
この遊ぶ経験や興味が将来の土木やビル、橋づくりにつながるかもしれないと思うのは大人だけで、子どもは、ただ「遊ぶこと」を目的としていてその先は?将来は?なんて考えていません。ひたすら遊び貝塚の場合は、泥だらけになるのは今も同じです。

この写真は昭和49年当時の本園のグラウンドで運動会を始める直前を2階(昭和48年から平成5年釧路沖地震まで管理棟がありました)から撮影したものです。今も公園側は火山灰の空き地で車は10台にも及びません。
この時代の園児は遠くて徒歩10~15分程度を家族か一人で登園していました。遠くは、若草団地や武佐4丁目(長生園)付近の5階建の市営住宅群から路線バス(もちろん一人で乗車)で通園している園児くらいです。
実は広いクラウンドの一部は釧路町のM’Sマツマミ様の所有で、貝塚幼稚園の子どもたちが走りまわり、昆虫採取や花摘み、雪遊びをするために、ご厚意で使わせていただいています。昔から、貝塚幼稚園は保護者や近所の方々に支えられて今に至っていることを感慨深く思います。『感謝』

